旅先で何を覚えているかと聞かれれば、観光地ではなく日常の風景だったりする。
娘が長崎に転勤した頃、私は何度も長崎に通っていた。
街は夕方になると西陽が眩しく、中華街も神戸の街と雰囲気が違う。そして街のあちこちに長崎カステラの店に出会した。

ある日、娘の住むマンション近くの古びたビルを見上げた。屋上では、パラソルを広げ、長椅子で休憩している人がいた。まるでビーチの住人のようだった。
後日、私はそのビルにある美容室へ出かけた。
美容師さんとは大阪の話で盛り上がった。以前は四ツ橋の店で働いていたが、自分の店を開くため長崎へ戻ってきたという。そして今でも時々、大阪へライブを見に行くと話してくれた。
それから長崎を訪れるたび、パラソルの影で休憩する美容師さんの姿を見かけた。
大阪を離れ、長崎へ戻る。その選択は私には大きな決断に思えた。けれど、パラソルの下でのんびり昼下がりを過ごす姿は、この街の時間に自然と溶け込んでいるように見えた。
長崎は、私にとって少し不思議な街だった。
まるで隣の国を訪れたような新鮮さがあり、何度か通ううちに、観光では見えない日常の風景が少しずつ心に積み重なっていった。
今年も蝉の声がだんだんと大きくなり、長崎ののんびりした風景を思い出す。
あの古びたビルの屋上では、まだパラソルは現役なのだろうか。

