遠い時間軸

思索

今日は父の誕生日で、実家に帰っていた。
家族で食事をして、妹が駅まで車で送ってくれた。
そして妹は、閑静な住宅地へ車を走らせて行った。

15分弱、電車を待った。
母が持たせた庭のローズマリーの枝が香っていた。

私は、当時長崎に転勤した娘のところに、通ったことを思い出した。
坂が多い長崎の街では、路面電車が人の足になっていた。
路面電車のことを「電車」、電車のことを「汽車」という文化圏には、隣の国に来たような錯覚を覚えた。

電車の中では休日の家族が何組も乗り合わせ、その空気感から誰かの、特別な一日の気配が漂っていた。
長崎湾を望む稲佐山の風景にはいつまでも佇んていたいと思い、稲佐山にある温泉施設でのんびり過ごした。
湯上がりの子供が駆け回り、肝の据わった母親が叱っていた。

そんな光景に、私はどこかホッとしていた。
戦後のビルがまだ残る街並み、眼鏡橋の風景、薄暗い路地を入った先の蕎麦屋の店主、忘れられない記憶が蘇る。

そこにはまだ、昭和の時間が残っている気がした。

ただ、娘が勤務日の留守番には、まったりとした空気が部屋に流れ込み、
汽笛の音や海鳥の鳴き声に、私は眠たくなった。

息子のいる東京にも、私は何度も出かけた。
皇居を中心に整然と広がるビル群と街並み。

東京タワーから見る夜景に、私も東京に生まれたかったな、と思いを募らせた。
虎ノ門を通り東京タワーまでの距離を歩き、時には赤坂から六本木ヒルズへ歩く。

どこに行っても緑と共にある洗練された街並みを、私は散歩していた。
反対に雑然とした新宿の街並みは苦手で、電車の圧迫感には今も慣れることが出来ない。

今、私がいる場所は大阪。
夜の飲み屋街の活気は、どことも似つかないディープな存在感を放っている。
昼間は「ビック・イシュー」を売るおじさんがいる駅に住み、表紙をチラリと見て通り過ぎる。

そんな光景の街に、母や妹が時にはやってくる。
そして私は、遠い時間軸から来た二人を、いつも感傷的に見送っている。

長崎にノスタルジックを感じ、コンテンポラリーという言葉そのものである東京に刺激を感じる。

でも、ベクトルは「ここ」しか、示していない。

私はなんとも言えない複雑な、気持ちになった。