娘の洗濯機が壊れた。
一緒にヨドバシカメラへついていく。
せっかくだから「最新のドラム式!」と意気込んでいたのに、
結局、家と同じメーカーの最新モデル。
娘の理由は単純で、「私が使い方を知っているから」
我ながら現実的な娘だと思う。
しかし購入しようとする段階になり展示品をよく見ると、なぜか外観が「少しだけ昔」に戻っている気がした。
気になり店員さんに聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「最近、液晶画面をやめるメーカーが増えてるんですよ」
「え、なんで。」デザインは進化し続けるものだと思っていたのに、まさかの退化。
理由は、液晶は購入した人が使い方に迷うそうなのだ。だから見た目もひと目でわかるように親切にしているそうなのだ。
家電好きとしては、少し残念だった。
昔は、壊れていなくても「最新式のカッコいい家電」に買い替えるのが普通で、それだけでワクワクした記憶がある。
しかし自分自身を思い返してみても、私がワクワクするものはスマートグラスやプロジェクターみたいな「新しい生活を見せてくれるもの」ばかり。
洗濯機はすっかり「ただの必需品」になっていた。
そして、隣にいる娘に聞いてみた。
「洗濯機にデザインとかこだわりないの?」
娘の答えは一言。
「別に。洗えたらなんでもいい。」
地味にショックを受けた。
必需品だからどうでもいい、という割り切りがやっぱりある。
でも洗濯機って、家の中で存在感が大きくて、毎日目にするものなのに。
もしかして若い世代は、洗濯機にも「グッドデザイン賞」があって、家電の見た目に熱狂した時代があったことすら知らないのかもしれない。
時代の流れを感じると同時に、急に自分の「年齢」を突きつけられた気がした、休日のヨドバシカメラだった。
