世界の亀山

思索

先日ぎっくり腰になった。

ぎっくり腰には数年おきにお世話になる。

また来たか!痛烈な痛さだった。

しかし今回は、四つん這いでトイレまで行くこともない。

 

そうは言っても初日から4日目までは相当辛かった。

90歳になったらこんな感じか。

次の日は85歳、その次の日は75歳、

まるでブラッド・ピッド主演の「ベンジャミン・バトン」のようだった。

 

初日の晩、私は3つあるベットの内、どこに寝ようか迷った。

この日は硬いベットにした方が翌朝は起きやすい。

そう考えて激痛の中、どうでもいいTV番組を見ることにした。

その方が子守唄になるはずや。

 

TVをつけた。

画面には”世界の亀山”のシールが貼り付けてある。

なんであのシール取らんかったんやろう。

 

いつもはリビングのTVしか観ない。

この”世界の亀山TV”は、

NetflixもYouTubeも観れない置き物やと思っていた。

それでも久しぶりに見たら、映像が意外に綺麗やな。

私は、今病んでいるからそう思うのかもしれない。

 

しかし私は数日経っても

”世界の亀山TV”を鑑賞するために、このベットで寝ている。

なかなかいいやん、この質感。

しかもこのTVにはHDMI端子も付いていた。

今朝、なくしたと思っていたFire TV Stickも見つかった。

 

しかしこのTV、いつ買ったんやろな。

誰の部屋に置いてた?

私の中で、家族4人で団欒していた記憶は抜け落ちていた。

 

別居中の夫は先日、帰ってきたらこのTV、買い替えてもええな、

と機嫌よく話していた。

 

帰ってきたとしても、あの頃の団欒にはならんやろう。

夫は娘のTVを観たらいい。

TVはもういらんで。