その日の朝、私は中之島公園を散策することに決めた。
行きの途中はカレー屋ばかりが目に入ったが、大川沿いのランニングコースに入るとそれも忘れ、今度は白い蝶が時々目の前を通り過ぎた。
それから、大川沿いのテニスコート脇のベンチで休んでいると、川のそよ風に乗って、トランペットの穏やかな音色が聞こえてきた。私はまた歩き出し、天神橋の螺旋階段を下りながら、すぐ下にトランペット奏者がいることを知った。
ワイルドなセレブ風のおじさんだった。そして飼い犬がこちらを向いて座っていた。横には昼寝中の若いサラリーマンがいた。私は中之島の絵になる風景を写真に撮った。
それから薔薇園を土佐堀川沿いに歩き、難波橋近くの石段に座った。この場所ならビルの谷間にある、北浜長屋を見ることができた。
黒漆喰の長屋は大正時代から生き延びて来た。かつては頻繁に証券取引所の鐘が鳴る映像を何度も見たのに、当時の風景が強烈すぎて、長屋の存在は全く覚えていなかった。
堂島浜にあった古民家レストラン”リナッシュレ堂島”も、いつの間にか更地になっていた。そこは広く落ち着いた空間だったし、無愛想なフロアマネージャー兼ソムリエの人は、俳優の佐野史郎似だったことも覚えている。
北浜長屋の”オクシモロン”空いていれば入ろうかな。「この日はカレー屋が裏テーマになっている」、そんなことを思いながらライオン像を左手に曲がった。オクシモロンの扉の柵には南米の人がいて、私を先に通してくれたので軽く会釈をした。

ところがそこはオクシモロンではなく、隣の喫茶店だった。レジのカウンターの人がすぐ前にいたので、出るのも気まずくなってルアンダの”チャト”という豆を選んだ。頼んでいる間は、多国籍な空間を不思議な感覚で捉えていた。
私は、奥の窓際が空いていたのでそこに座った。もちろん目の前は薔薇園が広がっている。向かいの大テーブルでは、後から来たグループがはしゃいで写真を撮っていた。
気がつくとその声はだんだんと小さくなり、フランス映画の心地よい声を聴いているようになっていた。
私は押し入れをくり抜いた席にもたれて、誰からの視界にも入らないことをいいことに、漆喰の窓から外を眺めていた。
気がつくと、誰もいなくなっていた。
店を出るとオクシモロンは、Closeの看板がかかっていた。
